yuupytan’s blog〜自分が感じたことが全て*全て受け入れながら生きていく〜

今の境地にいたるまで、私が娘とともに歩んだ軌跡を記録したものです。

HSCらしき娘、の幼稚園時代

常に、うちの子はこれでいい、
昨日のあなたより、今日のあなた、

と、

人と比べることなく、
その子なりの伸び代を、
大事に思えばいいのだけれど……。

やっぱり隣の芝は青く見えるもの。

こちらがそう見てるのだから、
そちらからも、そう見られている可能性も十分にある…。

周囲に映る我が子のイメージ、は、
必ずしも親のそれと同じにはならないのです。

それは、
親の自己肯定感にも関係するのでしょうね。



幼稚園に入園した頃の娘、
お口が達者でない、という言い方がありますが、

言葉を介して、というよりも、
場の空気を受け取り、物やお互いの行動を介して分かち合う、
というような子どもでした。
ある意味ちょっと野性的…。

「場面緘黙」、という症状がありますが、
場面によって全く何も話せなくなるという子どもがいます。
娘はどちらかというと、
お友だちの激しい剣幕などの情動、に触れては気後れし、

そこから言動による反撃や交渉、はできない性格でした。

おそらく娘はただ、その場の楽しさを分かち合いたいだけだったんだと思いますが…。


それではやはり、ストレスが溜まるのでしょう。
娘は大人である先生、に日々助けを求めました。
そういうことが何回か続いたある日、
先生から、電話があり、

「とても繊細な子どもさんなんです、ね〜」


その言葉は、今の私なら冷静に受け止められるのですが、
その時は、

(なぜ、娘のほうに、非があるように言われるのだろう…??)

と、内心思いました。

先生から娘への対応を相談された時も、
「繊細」、であることが、先生の仕事を増やしてしまう、マイナスな部分であるように、
私には思えました。

それほど、私の
「娘を信じる力」も、
グラグラしていました。


お友だちと一緒に遊ぶのは好きでしたが、
仲間内でのトラブルや、
イレギュラーが発生した際には、
気持ちを建て直すのにとても時間がかかりました。

娘のキラキラとした理想郷、は砕かれ、
理不尽なこともある現実、を受け止める毎日では、
登園渋りも日常のことでした。


もちろん、社会のルールや、
他者の立場も考えられるような社会性を身に付けなければなりません。

と、こう思っていたのは、数年前まで、なんですけれどね。

「敏感な子」の子育てだから、そういうのを課すのは無理ね、

という考えも、実は過去の産物。

今は、
「社会性」、「協調性」とは何ぞ?、です。

空気を読み、
自分の思いを無視して、
何を目指しているのかわからないまま、
周りに迎合し、
みんなと足並みを揃える、

こんなことが、無意識のうちに、
学校や職場のなかで要求されていませんか…。

個性が尊重される時代になりましたが、
まだまだ小さい箱に、
押し込まれている印象が私にはあります。

娘の課題があるとしたら、
状況に、気持ちに、折り合いをつけられるだけの
確固たる自信を、
身につけることでしょうか…。




卒園が近づいたあたりから、それ、は始まりました。

まさかの、「夜泣き」、です。
ただの夜泣き、ではありません。
「激しい夜泣き」です…。

急にムクッと起き上がったかと思うと、
切迫した表情で立ち上がり、
部屋を走り回るのですから、
本当に、ビックリします。

つかまえて、抱っこしますが、
まるで怖いものから逃げようとしているかのように暴れるので、
さらに強く抱きます。

少しずつ落ち着いてきて、ついには寝てしまい…、
次の朝には、そのことは忘れています。

夜驚症」という症状があります。
まさに、上に書いた通り、です。

それが、毎夜続くようになったものですから、
親もおちおち寝ていられません。

とりあえず、幼稚園の先生に相談しました。

頭と心がまだつながりきれていない、この時期に、
あらわれる症状なのだそうです。

きっと、頭で分かったつもりでも、
心で拒否した結果じゃないかと思います。


しばらく続いた夜驚症も、
いつの間にか収まりました。

どうやら、「次に行っていいよ」、と、
心がゴーサインを出したようです。


卒園式……、
インフルエンザで出席できず、
後日、数人でこぢんまり、していただきました。

そして、
なんとか無事に、
小学校入学を迎えました。


この頃は、
まだ誰からも就学相談などを
勧められることはありませんでした。
私も、通常級に在籍することに、
何の違和感もありませんでした。

ただ、担任の先生には、家庭訪問で、
娘の特徴を、これでもか、と、
話したことが想い出されます。



以上が、幼稚園時代の娘になりますが、

一人っ子なので、
人間関係の波にもまれていない、
という経験不足もあるとは思います。

一人っ子という要素と、
敏感な子、という、
複合的な要因、
そして、親も敏感な人間、
という子育ての背景があったと思います。


ちなみに、ですが、
おねしょ、は1度もしませんでした。
覚悟はしていたのですが、
お布団が濡れることはありませんでした。

なんだか、一つ一つのエピソードが、
HSCらしき娘を物語っています。



次回は、私のことに話を戻して、
新米ママあるある、ですよね……、
ママ友付き合いについて、書いてみたいと思います。